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山本麻世は多摩美術大学で陶芸を学んだ後、オランダに留学。陶芸から現代アートへと指向が拡張する過程を経て、近年は屋外彫刻を主戦場として活動しています。それ自体は自立せず、構造物などに寄生する。そのことで、無機的な構造物や空間そのものが呼吸を始めるのではないか。もちろん物理的に無機物が生物になることはないにせよ、山本の興味は、こうしたイマジナリーな生命の発生原理とでも言うべきところに向けられています。また出産後は、母と胎児を結ぶ「へその緒」の表裏不可分な不思議さに惹かれ、テープやタイヤチューブなど、管状の素材をさらにリリアン編みで作品化するシリーズも継続的に取り組んでいます。
スプラウト・キュレーションでは複数のグループ展に参加した後、初の個展となる本展では、オランダ留学時代に制作したセラミックの作品と、廃棄され錆びついた建設資材の金属片に、自作のフェルトを纏わせた新作のオブジェを出品します。製作時期も異なり、一見して関連性が無さそうに見えますが、じつはグリッドという共通項がふたつのシリーズを繋いでいます。
グリッド
山本にとってのグリッドは、座標を示すためのものと言うより、線が交差すること、あるいはその結節点としての意味合いが重要です。線は交わる前は何も起こらない、しかし交わった途端に線と線の間には面が広がり、さらに空間が立ち上がっていく。重なった結節点は、濃度が閾値に至ると次の現象が発現する。このように、グリッドとは何かの生成のきかっけと捉えることが、山本の制作の端緒になっています。そして、河原温、ジャン・ピエール=レイノー、小倉遊亀のタイルなど、また漫画やアニメに登場する、光や瞳の輝きの表現にも同様の発生原理を感じると山本は言います。例えばセラミック作品に絵付けされたグリッド上で、銅釉が交差した部分で緑色が強く滲む像は、まさに漫画の光の表現の感覚を引き継いでいると言えるでしょう。
朽ちること/生まれることの循環
線の交差とは別のレイヤーにあるコンセプト「異素材の交差」もまた、何かの発生原理を示唆しています。錆びた鉄の廃材に、未知の菌が寄生して増殖している様にも見えるオブジェ。未知の菌は鉄を分解し、養分として活性化する性質なのか、鉄錆びのオレンジ色は徐々に紫に変色し始め、やがて新たな生命体(キメラ)に変態するかのような、ドラマティックな展開を予感させます。はっとするパープルと錆から出たオレンジ。その滲みは、日没と陽の出に地球の際に出現する官能的なコントラストと相似でもあり、終わりと始まりの循環を象徴しています。
自然界では生と死が地続きで循環的です。ところが、近代以降の人間は、それが現象として表出することに対してはおぞましく不気味なものと見做し、直視することを忌避してきた経緯があります。しかし近年、人類学的な見地から、コンポスト(堆肥)や新しいアニミズムへ関心の高まりとともに、バイオ・コンセプトのアートが世界的に注目され始めています。その意味において、山本麻世の表現は、生命が併せ持つ不気味さ/美しさに同時にアクセスしようとするものであり、今後より一層重要な意義を持つと考えられます。
山本麻世|Asayo YAMAMOTO
1980 年東京生まれ。多摩美術大学大学院美術学部工芸科修了後、2005 年から2008 年までヘリットリートフェルト・アカデミー陶芸学科(アムステルダム)、2008 年から2009 年までサンドベルグ・インスティテュート、ファインアート学科(アムステルダム)に在籍。主な個展に、2021年「イエティのまつ毛」アーティスト・ラン・スペース『オルタナティブ掘っ立て小屋:ナミイタ』/神奈川県・鶴川、2019年「母乳で育てた?それともミルク?」、2017年「川底でひるね」いずれもギャラリー川船/東京など。グループ展では2021年「平戸×オランダ 海を越えた芸術祭」/長崎・平戸、「A HAPPY NEW WORLD 」 、2020年「Unrecognized Creatures」ともにスプラウト・キュレーション/東京 他多数。また2015年に新潟越後妻有トリエンナーレ「大地の芸術祭」、「ART SEEDS HIRADO 、2011 年「六甲ミーツアート芸術散歩」で公募大賞特別賞彫刻の森美術館賞受賞。同年おおさかカンバス推進事業(大阪)に参加。他、オランダ、韓国、フィリピンなどでアーティスト・イン・レジデンスに参加。