青木豊 Yutaka Aoki | BREAK THROUGH IN A GREY ROOM

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Detail: “Untitled”,  2013

 青木豊 Yutaka Aoki “BREAK THROUGH IN A GREY ROOM”

15 Jun (Sat)ー 20 Jul(Sat)

 

2012 年、弱冠27 歳にして熊本市現代美術館で個展が開催されるなど、動向が注目される青木豊。 この度スプラウト・キュレーションにて個展を開催いたします。是非ご高覧ください。

  

Artist’s Statement

スポーツを観戦していると天体図を目の当たりにした感覚に陥る。サッカーでは特に顕著だ。複雑に交差しあう点と線と面。それと、時に起こるイレギュラーな展開。これらの往来は一つの意志を形作り、新たな関係性をもたらす。フレーム化されたピッチから生まれた熱量は、円形のスタジアムを起点に世界へと浸透していく。試合をモニター越しに見ている私は俯瞰している感覚とは裏腹に、より多視点から捉えたいともどかしくなる。

永遠の二重螺旋の内側で、敵対でも逃亡でもなく受け入れる(あるいは告白する)という形をもって、私は言葉や付与された名前を無化したい。 作品は常に意識の外側に存在する。その為、自身の身体を鏡として扱い、事象や現象の中に存在する秩序、あるいは無秩序そのものにそっと寄り添う。出来上がった作品に現れる諸要素を等価値なものとして並列上に並べると、結果的にレイヤーが現れる。そこに弓をもって水平に貫くという行為を繰り返していくと、見えなかった、あるいは断絶されていた関係性がふっと立ち上がるのだ。 この事柄は、引っ越しの仕分け作業中に懐かしいアルバムを見つけ、手が止まることと似ている。

空間に目を配ると、視覚から遠ざかるように作品が存在している。(正確には作品がこちらを受け付けないのではなく、ただある、という事なのだろうが。)視点や立ち位置によって見え方が異なるものや、光を受けて所在がわからなくなるもの。作品とそれをとりまく環境には二次元と三次元の往復書簡が存在している。私たちは世界を知覚する手がかりを元々知っているのだと思う。問題はそれを呼び起こす方法を忘れつつあるという事だ。

眼前にはホワイトホールが広がっている。絵画の正面以外にも人が立てるとすれば、それは絵画を人間の手に取り戻す行為になり得るのではないかと思う。

青木 豊

When I am watching sports, I feel a sense of witnessing a celestial map. Football is a prominent example. Points, lines and surfaces are intersecting complicatedly and irregular twists happen at times. These elements are always interacting to form a kind of intention and they bring new relationships to us.
Beginning at the rounded stadium, quantity of heat generated from the framed pitch is penetrating the world. I become impatient and desire to capture the sequence from multi viewpoint while I watch the game from a bird’s-eye view on the monitor.

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